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作文部門
最優秀賞並びに優秀賞のご紹介

 


《最優秀賞》
生きれば可能性は無限  甲斐 千晶(29歳)

 小学生の時と、中学生の時。私は男子にいじめられていました。「でぶ」「ちび」「くさい」と、聞こえるように小声で言われ、目が合うだけで嘲笑され、いつの間にか笑えなくなり、いつの間にか、毎日“消えたい”と思うようになりました。
 小学校も中学校も、最初からいじめられていたわけではありませんでした。最初は皆『ふつう』でした。しかし、誰かひとりが「くさい」と言い始めると、少しずつ、さざ波のように陰口が広がっていきました。今思えば、我が家は貧乏で、母子家庭で、洗濯や洗髪の頻度は他の子たちよりも少なかったです。実際に、臭かったと思います。しかし、自分ではそのことにも気づかず、能天気に日々を過ごしていました。
最初に「あれっ?」と思ったのは、小学四年生の班学習の時です。班で話し合うために机をくっつける時、向かいの席の男子から、机と机の間に少し隙間をあけられました。最初は不思議でしたが、皆がそうするわけではなかったから、気になりませんでした。しかし、いつしか、クラスの男子はほぼ全員、私と机をくっつけなくなりました。その頃から、陰口が耳に入ってくるようになりました。これが、一度目のいじめでした。
 陰口に気づいてからは、毎日人の目が気になりました。その場にいるだけで、生きていることを否定され続けている気分です。暴力を振るわれたことはありませんが、ことばが、視線が、表情が、距離が、私を追い詰めていきました。陰口を言わない人や、机をくっつけてくれる人もいましたが、私を嫌いな人のことで頭がいっぱいになり、びくびくと、おどおどと、なるべく目立たないように日々をやり過ごすことしか考えられませんでした。もともと大人しい性格だったので、先生も親も異変に気づかなかったようです。五年生になりクラス替えがあっても、状況は変わりません。陰口がはじまってから一年ぐらいで、ついに限界がきました。親に、クラスでくさいと言われること、机を離されることを、泣きながら話しました。親は激高し、学校に怒鳴り込み、大変な事態になりました。私は相談したことを後悔しましたが、誰も仕返しには来ず、陰口もなくなり、わざわざ自分の親と一緒に家まで謝罪に来てくれる子もいました。驚くぐらいあっけなく、いじめは終わりました。それでも、人と距離をつめることは怖く、私は相変わらず、毎日をやり過ごしながら生きていました。
 中学生になるころには、少しずつ、傷は癒えていたと思います。しかし、中学一年生の夏。私は運悪く、真夏に腕を骨折してしまい、一ヶ月以上ギプスをつけて過ごすことになりました。私の通う学校は山の上にあり、太っていた私は毎日たくさんの汗をかきました。ギプスの中は汗で蒸れてかゆく、ひどい状態でした。いつの間にか、また、陰口がはじまりました。同じ小学校出身の子たちは、以前の事を覚えているのか、優しくしてくれました。しかし、小学校の時は接点のなかった男子や、違う小学校から進学した男子が、やはり、陰口を言ったり、すれ違いざまに露骨な悪口を言ったりするようになりました。ギプスがとれてもその状況は変わらず、「またか」と思いました。それでも今度は、優しくしてくれる人たちにも目が向き、毎日それなりに楽しく過ごしてもいました。担任もいじめには気づいていたようですが、学校の事は学校で解決したいという考えだったらしく、親には何も連絡が入りませんでした。
そんな毎日が、ある日突然崩れます。いつも通りに登校した時のことです。私の机の上に、何か書いてありました。遠目にはよくわかりませんでしたが、一瞬で全身の毛穴が開き、妙な汗をかいたのを覚えています。今すぐ帰りたいと思いました。しかしそんなわけにはいきません。教室は、いつもどおりの雰囲気です。仲のいい子同士で談笑しています。何もかも、いつもどおりでした。一歩ずつ、机に近づきます。何と書いてあるのか、はっきり読み取れたときのショックは、今でも覚えています。

 “ 死 ね !”

 そう、書いてありました。ボロボロの薄汚れたシャーペンも一緒に転がっていました。私の物ではありません。きっと、落とし物箱から拝借したのでしょう。濃く、はっきりと、殴り書きされています。
 真っ白な頭で、鞄を椅子に置き、筆箱を取り出します。立ったまま、左手を机につき、右手で消しゴムを握りしめ、ゆっくりと殴り書きを消しました。黙々と手を動かしても、中々綺麗に消えません。教室はいつもどおりの雰囲気で、誰も私を見ていません。半分ぐらい薄くなったところで、手に力が入らなくなりました。鼻の奥がツンと痛みます。顔に熱が集まり、唇がぶるぶると震え、ヤバいと思った途端、一気に涙があふれました。消しゴムも消しクズも、薄くなった殴り書きもそのままに、ハンカチを持ってトイレに駆け込みました。トイレには幸い誰もおらず、一番奥の個室に入って鍵を閉めました。落ち着いたら戻ろう、誰かに見られる前に全部消さなきゃ、そう思いながら涙をぬぐいます。けれども、後から後から涙があふれてきます。抑えようとすればするほど嗚咽が漏れ、目が腫れていくのが自分でもわかりました。朝の会が始まる前には席に戻りたいのに、という焦りも出てきます。一旦顔を洗おうと個室から出た時、同じクラスの女子が3人トイレに入って来ました。嫌だ、見られた、そんな気持ちで、頭も心もパニックでした。そんな私にびっくりした様子のその子たちでしたが、「どうしたの?」と、優しく聞いてくれました。私は、何もかもぐちゃぐちゃで、しゃくりあげながら、机に死ねと書かれていたことを話しました。どんな流れでそうなったのかは忘れましたが、気がついたら教室に戻っていて、先生がクラス全員に、誰がやったのか心当たりはないかと、問いかけていました。もちろん誰も何も言いません。私にも心当たりはないのかと、皆の前で聞かれました。ないですとしか言えません。心当たりがあったとしても、あんな状況では何も言えません。ただただ、消えていなくなりたかったです。すべてをリセットしたかったです。陰口には慣れていましたが、文字という見える形で敵意をぶつけられたのは初めてでした。誰かが消してくれたのか、机は綺麗になっていました。しかし、私の頭の中には、シャーペンで書かれた「死ね」の二文字が、今でも鮮明に思い出されます。これが二度目のいじめでした。
 公に、机に死ねと書かれた子になってしまった私に対して、遠慮が消えていきました。面と向かってひどいことばを言われたこともあります。何回も死のうと思いました。でも、怖くて死ねませんでした。殴り書きの件は親に知られておらず、小学生の頃のように、びくびくと毎日を過ごしていました。また親が怒鳴り込むのも怖くて、中々相談できませんでした。
 しかし結局、耐えきれなくなり、親にいじめのことを言いました。案の定、親はすぐ学校へ連絡し、私を置き去りにしてすべての事が進みました。校長室に呼ばれて、校長先生に頭を下げられ、主犯格とされた子たちに謝罪され、私を置いて、何もかもが済んでしまいました。あっという間すぎて、どんなやりとりがあったか覚えていません。それから陰口は言われなくなりましたが、解決した実感もないまま、人と関わるのは怖いと思ったまま、私は中学を卒業しました。
 高校と大学では、いじめられることもなく、それまでの生活が嘘のように楽しく過ごしました。人と関わるのが怖かったですが、環境に恵まれ、暖かく接してもらう中で、人づきあいを楽しめるようになりました。匂いも意識しはじめ、自分で気をつけるようになりました。
 大学も無事卒業し、今は医療福祉関係の仕事をしています。いじめに感謝はしませんが、あの経験がなければこの仕事に就くことはなかったでしょう。そう思うと複雑な気分です。
 振り返ると、いじめには『はじまり』はないのだと感じます。何もかも『いつの間にか』起きていました。私にも嫌いな人はいるし、陰口をたたきたくなることもあります。嫌いな人について「嫌い」と、本人の知らないところで言うのはいじめでしょうか。聞こえない陰口はいじめでしょうか。苦手な人と距離をとるのはいじめでしょうか。私は、自分がされていたことは、いじめだったと思います。しかし彼らが、私をいじめているつもりだったのかはわかりません。小さな陰口や、ちょっとした距離が、いつの間にか、いじめになっていました。集団の力は恐ろしいです。誰かが先陣を切らなくても、いつの間にか、大きな力が働いていきます。いじめは、じわじわと、集団の中で広がっていきます。
 なぜ、いじめは起きるのでしょうか。嫌いな人と仲良くする必要もないけど、わざわざ積極的に傷つける必要もないはずです。もしも今、意識して誰かを傷つけている人がいたら、すぐにやめた方がいいです。あなたがしていることは、相手にとってはいじめかもしれません。あなたは気がつかないうちに加害者になっているかもしれません。あなたの今日の一言が、何日後か、何ヶ月後か、何年後かに、相手を殺してしまうかもしれません。
 もし今、いじめられている人がいたら、絶対に死なないでください。今は、生きることが死ぬよりもつらいかもしれません。でも、生きていてほしいです。生きている限り、可能性は無限にあるのだと、死ななかったからわかりました。誰かのためではなく、自分のために、いつか訪れるたくさんの幸せをかみしめるために、どうか、死なないでほしいです。私は、死なないでいてくれた自分に、心から感謝しています。誰しも、そう思える日が来ると信じて、どうか生きていてほしいです。学校なんか行かなくてもいいから、あなたの人生を、あなたのために使ってください。

 


《優秀賞》
死ななくてよかった  たかこ(32歳)

小学生の時でした。
私はある日、信じられない「ことば」を受けました。
それは、あなたはこの世からいなくなればいい、というような内容でした。
心臓がドクンと鳴り、目の前が真っ白になりました。
どうしてこんなことが起こっているのか、理解が出来ませんでした。

友達がいるはずなのに、この時の私は誰のことも信じられなくなり、誰の顔も見ることができません。完全に固まっていました。

ことばは、人を生かし、そして時には殺してしまう、とても繊細なものです。
私は、地球上でひとりぼっち。そのような気持ちになりました。
世界が急に変わったような、地獄のようなその気持ちは、大人になった今でもよく覚えています。

いじめを受けて自殺した人について、そこまでしなくても、、と言う人もいるでしょうか。
私は、死にたくなるような気持ちを経験しました。
もしいじめの経験がなくても、その人の心情を自分自身や愛する人の立場に置き換えて考えてみてください。

いじめを受けるということは、自分の存在の有無を見失うほど心への悲しみと不安が大きいのです。「居場所」がないのです。それくらい繊細なときでした。
親に相談をしたら親が悲しむ、かわいそう、という気持ちもありました。

そのことばを受けてから、私はしばらくして遺書を書きました。
生まれて初めて書きました。こんなものを書いている自分がかわいそうでした。
涙がぽろぽろこぼれて、こんなことをしてはいけないと分かりながらも、他に行き場がありませんでした。
ただ、家族の顔だけが浮かんできました。

死に方にはどんな方法があるのだろうかと考えながら帰宅しました。
すると母が、私に元気がないことに気がつきました。
「何かあった・・?」
その言葉をさらっと流そうとしたのに、気づけば涙が流れていました。

私は母に、学校であったことを話しました。もっと涙がこぼれていきました。
母は落ち着いて、「大丈夫だから。」と言いました。
そして、二人で担任の先生に話すことになりました。

数日後、先生はいじめについての授業をしました。
映像やことばを通して伝えられ、気づけば先生の目から涙がこぼれていました。
私は少し驚きました。
いつも穏やかで優しい先生の、こうした姿は見たことがなかったからです。
先生のその涙を忘れることは生涯ないと思います。

死ななくてよかった、そう思いました。
死んでから、涙を流させなくてよかった。
私を大切に思ってくれている人たちがいるという当たり前のことを、忘れそうになっていました。私は遺書を捨てました。

それから嫌な思いをすることはなくなり、私は中学生になりました。
そこは、男女ともにいじめ、嫌がらせが日常茶飯事でした。
ああ、うんざりだ。どうしてこんな子供ばっかりなのだろうかと思いました。

ある日の授業中、よくからかわれている天然パーマの女の子の髪の毛に、男子がライターで火をつけました。信じられません。
私は急いで、素手でその火を消しました。誰も、動きもしませんでした。

その次の日の朝、私の上履きにはたくさんの画鋲が入っていました。
気づかずに履いてしまったので足はとても痛かったですが、怖くも悲しくもなんともありませんでした。
孤立しているその女の子のそばになるべくいました。
グループは違いましたが一緒にいて話してみると、とてもユーモアのある子でした。

それからしばらくして、その子に対するいじめはなくなりました。

おそらく、いじめる人たちにも何らかの事情″はあると思います。
けれどその事情によって、人をいじめるという行為は間違いです。
それは、とても惨めな姿で最高にかっこわるい。自分がかわいそうだと思ってください。もっと他にできることはあるはずです。

後に、とんでもないことをしたと気づくときは必ず来るでしょう。
けれどその時には手遅れかもしれません。
また、いじめた人はいじめられた人の傷も含めて、もっと重く、深い傷を生涯持って生きていくことを知ってください。
それはとても苦しいことだと思います。

そして、いじめられている人に伝えたいです。
すべてが真っ暗に見えるかもしれない。
それでも、あなたを唯一無二愛する人がいることを忘れないでいてほしい。
苦しくなったら、あなたを愛するその人のために、負けずに生きてほしい。

「今」は、永遠と続きません。未来は変わるのです。
今がどんなに絶望的でも、目をつぶって、深呼吸をして、大切な人だけを思い浮かべてください。
そして、人生で一番の勇気を出して、助けを求めてほしいです。
大丈夫。あなたがあきらめない限り、明るい未来はあなたを待っています。

いじめをただ見ている人に伝えたいです。
あなたの勇気が、その一言が、その人を救うかもしれないということを覚えていてください。
人の目を気にするより、自分の?心“に、正直に生きる人になってください。
難しければ、みんなの前じゃなくてもいいのです。
孤独な人の心に、そっと寄り添ってあげてください。
その行動は、あなたを救うことにもなるでしょう。

まわりに元気のない人はいませんか。
あなたも、まわりの一人一人も、誰かにとってかけがえのない大切な一人一人です。
となり人に笑顔を向ければ、相手も、自分の心も明るくなります。
うれしいですよね。

そんな世界が広がりますように。

ありがとうございました。


《優秀賞》
自殺をなくすということ  穴田 悠人 (15歳・中学3年生)


 今の日本では、子どもの自殺はかなり深刻化しています。小学生の自殺は年間10件程度であるので深刻と呼べる状況までは達していませんが、特に中高生の自殺は約300件ととても多いです。
 ここで僕が考える、自殺にまで精神的に追い詰められてしまう原因を2つ挙げます。
 1つ目は、周りからの強い圧力やいじめなどを一人で抱えこんでしまい、それに耐え切れなくなって自殺に至ってしまうということです。これに対しては、1人で悩みを抱え込まないように、それを周りに発散、つまり相談できるような環境を整える必要があります。1人で抱え込んでしまう人は、家族や親しい友人、先生など身の周りの人に相談できない、あるいは自分が悩みを抱えていることを他人に知られたくないと感じているのでそのような状況に陥っているのでしょう。おそらく学校で定期的に実施されるいじめ防止のアンケートが出されたときにも正直なことを書くのをためらっていると思います。
 ここで第三者が重要なキーマンとなってきます。自分のことをもともとよく知っているというわけではないので、案外心を打ち明けやすく、気楽に相談できる人もいるものです。例えば、子ども相談室のようなものです。ただ、現状ではこれらの存在が広く知られていません。ですから、学校で何ヶ月かに1回程度、子ども相談室のようなカウンセラーからのシートを配布し、第三者への相談も可能であること、つまり誰にも知られずに悩みを外部に打ち明けられるシステムがあることを周知するべきです。こうすることで、自分だけで抱え込むことによる精神的な負担が大きく減ると思います。
 2つ目は、周りに悩みを打ち明けているのに、学校がなかなか対応しないために、その間に精神的な負担がさらに大きくなり、対応の前に先に自殺してしまうということです。最近テレビのニュースでもこのケースに当てはまる自殺が増えてきているように感じます。生徒が教師のところへ相談に来たら、その日のうちに学校の全ての教師にその旨を伝達し当該生徒を一時的に友人から隔離したり、いじめた生徒らを処分したりするなど、なんらかの対策を早急に講じるべきです。いじめによる精神的負担はとても大きいので、早い対応がとても重要だということを教師間でも共通認識を持つ必要があります。
 今まで周りの環境をどう変えるべきかを書いてきましたが、やはり一番大事なのは、「つらい」から「自殺しよう」とつなげてしまう心を変えることだと思います。命はかけがえのない大事なものであること。そして人生は1回きりだから、死んだらそこで終わってしまうこと。これらの認識がまだ十分に浸透していないのではないでしょうか。これを伝えるためには命の教育を学校でしっかり行うこと、これ以外に方法はないと思います。
 自殺は連鎖を呼びます。特に子どもは、他者の自殺の影響を受けやすく、テレビなどで自殺の報道があると、自殺者数が一気に増加する傾向があります。だから、大事なのは自殺をする人を「減らす」のではなく、「なくす」ことです。自殺をしても何もいいことはありません。悪い言い方をすれば、自殺は今後の人生を自らの手で閉ざす最も簡単な方法と言えるでしょう。さらに、自分だけでなく周囲の人たちにも深い心の傷を負わせることになります。大人の人たちも、このことを他人事のように考えてはいけません。今後の日本を支える人材が失われるわけですから。この問題は日本で早急に対策しなくてはならないような大きな問題となりつつあるのではないでしょうか。


 

 


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